大勢が苦手なのにコミュニティを運営する私の想い

 

気がつけばもう2024年1月。

 

こちらのブログ発信もなんともマイペースで、一体どこまで『気楽』なんだ、と思わさる『きらくる村』のホームページ。

 

ほんとはもっと2023年の村の様子や活動のことをこまめに挙げられたよかったですが。。。

それもそれでOKってことにします。

 

 

という自己肯定マインド、今回のブログの本題につながります。笑

 

さっそく本題へ。

 

 

 

ひといちばい敏感気質な、きらくる村の運営者

きらくる村は人がたくさんリアルで集まることを前提とした『コミュニティ』です。

 

それを始めた運営者が、実はたくさんの人と会うとドッと疲れが出てしまう気質だなんて聞いたら、おいおいそんなコミュニティ大丈夫か、と思われるでしょう。

 

ですが、そうなんです。

運営している私は、人好きの一人好き、人は好きでも大勢が苦手です。

 

村の人たちはどの人も信頼できる人たちなので、本当に一人一人が大好きだし、どの人と話しても幸せに感じるのですが、私の体はそれに反してとても刺激に弱く、たくさんの人と会ったあとは、しばしの休息が必要になることがあります。

 

 

共感性が高く相手の気持ちに深く共感しすぎたり、色んな細かいことに気づいたり、些細なことでも気になってしまうので、脳や神経がいつもフル稼働で疲れやすいというのがあります。

 

最近、世間でも『HSP(Highly Sensitive Person)ハイリー・センシティブ・パーソン』という言葉を耳にすることも多くなったかと思うのですが

 

要するにそれは『ひといちばい敏感な人』という意味で、障がいとか特別なことではなく『生まれ持った気質、体質』がひといちばい敏感な少数派の人のことを言います。

 

最近は芸能人でもそんな気質であることを公表したりする人もいて、本も数多く出ています。

 

 

 

普通ならスルーできる音や光や匂いなども敏感にキャッチしてしまったり、相手の気持ちも察知しやすいがゆえに気を使いすぎたり、という部分で、いつもその情報の処理に追われて体が疲れやすいなどの困り感を抱えている人が多いのです。

 

 

その概念を知るまでは私は、そんな気質は自分の『弱さ』や『欠点』『短所』というふうにネガティブなものとして捉えていたので、それをカバーするように努力したり自分を責めて、自信を失っていったことで何もかもうまくいかない、と長年生きづらさを感じていました。

先天性の気質だけでなく、育った環境によって作られた生きづらさの原因もあったかとは思いますが。。。

 

そんな気質もあって、競争社会とか縦社会とかそういった圧力や刺激の多い環境が向かなかったので、それなら自分が自分らしくいられる居場所を作ってしまおう。。というのも、きらくる村を作った理由になっています。

 

 

HSPとひとくくりに言っても、どんな人も唯一無二で同じ人は誰一人としていません。

 

私はそういう気質も持ち合わせているけれど、好奇心も旺盛で人と関わることや新しいことをすることも大好き。

 

アクセルとブレーキを同時押ししてるような、真逆の側面を持ち合わせながら生きているので、

ある時はガンガンバリバリ人を集めてイベントを企画してみたりもするけれど、それをやり遂げた途端、たくさん受けた刺激に疲労しすっかり別人のように引きこもりたくなったりするのです。笑

 

そういうタイプのHSPさんもいるんですよ。

 

そんな自分に戸惑いもするけど、そんな自分をまるっと受け止め、そんな自分にも◎をしてあげないと、何事も持続可能じゃなくなってしまうってことも、嫌というほど感じてきました。

 

 

自分の個性を周りに受け入れてもらえない環境にいる時、他人の価値観が正解だと思い込み、どんどん自分の個性を否定し始めたことが生きづらさとなっていきました。

 

『ありのままのあなたでいいんだよ』というメッセージをもらったりそんな雰囲気の場所だったら、自分自身に『こんな自分でいい、こんな自分がいい』と言ってあげられただろう思うと、自分を否定し続けていた頃の自分を救い出したくなりました。

 

世の中には同じようにそのままの自分を愛せないで苦しんでいる人がたくさんいることも感じていました。

 

それで『ありのままの自分でいられるみんなの居場所』という理想郷を築きたいと思いました。

 

 

人は愛を求めてコミュニティを求める

 

私は、人と人の交流で感じる温もりが大好き。

愛をもらって愛をまた循環させることができる人の輪の中にいることがとても幸せ。

 

きっと、どんな人も、そうだと思います。

 

 

 

恐ろしい実験だな、と思うけど、二つのグループに分けて赤ちゃんを育てる実験が、過去にされたことがあるそうです。

 

一方は、目を合わせて楽しく話かけ、愛をもってお世話してもらえるグループ。

 

もう一方は、目も合わさず声もかけられず愛を与えてもらえなかった赤ちゃんのグループ。

 

 

環境は同じでも、愛を与えてもらえなかったグループの赤ちゃんはみんな早くに亡くなってしまったという結果だったそうです。

 

 

 

だから、どういう環境で生きるかって、ものすごく大事なわけですよね。

 

というか、人は愛を感じるために生まれてきて、幸せになるために生きてるんです。

どんな場所も、愛ある環境であるべきです。

 

 

人はそのように、愛無くしては生きられないから、一人では生きられないから、幸せや安心感を求めて人の集まるところと繋がりを持ちたくなる。

 

私も例外なくその一人だけど、一度傷ついた過去があると、愛のある場所にいたとしても、過去に傷ついてきた経験からの心の癖、神経の感じかたの癖というものがどうしても出てくるんですよね。

 

 

相手は自分の鏡、自分の傷を映し出す

相手に対して沸き起こる感情の奥底にあるものの正体に気づくと、自分には癒しが必要なのがわかります。

 

誰かと接する時に自然と出てくる感情は、自分が過去に経験した記憶の感情だったりします。

過去に経験した感情が、その時の似た状況に対して『反射』として出てくるんです。

 

 

私はその自分の記憶からの感情に気づいた時、過去に感じた感情をしっかり受け止め、感情の裏にある傷を自ら慰め癒すようにしています。

 

例えば、

村の人みんな、温かな優しい人ばかりだけれど、でも、本当にこんな自分でも受け入れてもらえるかな?と自信が持てなくなる時があります。

 

 

これは過去に、自分を受け入れてもらえなかったり否定されたと感じた時の悲しみや恐怖の記憶が浮かび上がってきてるからなんだと思います。

 

 

 

そんな時は、『大丈夫。もし周りの人が私を受け入れなくても、私は私を愛してるよ』

 

『もう私は私のままで愛される存在だから大丈夫だよ』

 

『だからもう怖いという気持ちは手放しても大丈夫。認められようと頑張らなくても大丈夫』

 

と、いちいち自分に言い聞かせるようにしています。

 

これができていなかった頃は、本当に自分を信じ肯定してあげることができず、足元がぐらぐらでした。

 

愛で癒して恐怖を手放す

 

傷に気がついたら癒して、これまで当たり前のように握りしめていた『恐怖を感じる癖』を手放します。

 

手放したつもりでも、また癖は出てくるし、一つ手放してもまた違ったところで他の癖を見つけることもあります。

 

そういった、ネガティブな感情が反射で出てきた時は、何度でも、常に、自分を癒すタイミングです。

 

その反射による感情や痛みの浮上は、相手があるときについた傷によるものなので、人と接する中でしか浮上して来ないんです。

 

だから、たくさんの人と会うことに身構えてしまうけれど、人と会うことは自分を癒すチャンスでもある。

 

 

誰でも生きていればそうですが、

私もコミュニティを運営しながら、自分でも思いがけない形で自分の傷と向き合わなきゃいけないことが多々あります。

 

チクチクっと過去の痛みや不安や恐怖が思い出される時があるんです。

その時は、はっきりいってしんどいです。

※コミュニティの誰かが悪いとかそういう話ではないです。

 

 

だから、その度に『私はコミュニティ運営は向いていないんじゃないか』と心底思うんです。

 

だけど、そのコミュニティにたくさん気づきをもらって、癒してもらって、本来の自分を取り戻させてもらっているのは事実としてあって、この挑戦をしていなければ、私はずっと生きづらさを抱えていただろうとも思います。

 

 

 

 

HAPPYを自給自足するための大前提

 

きらくる村はそんなわけで、類が友を呼ぶのか、ひといちばい敏感な気質を持ち合わせた人も多い印象です。

 

ひといちばい傷ついて、頑張って生きてきた人たち。

 

わかりやすく傷ついたことだけでなく、社会の混沌とした空気感に知らないうちに元気を吸い取られてしまったとか、時代の流れのスピードに疲れ果てたとか、そんな人もいると思います。

 

傷の数、傷の深さ、傷の種類は人それぞれ。

 

だから、たくさんの人と会うのが平気な人もいれば、今は少人数が心地良いという人もいる。

 

また、その時のエネルギーによって『今日はたくさんの人とワイワイ会いたい』と思う日もあれば、『今日はのんびり一人でいたい』という日もある。

 

元々、一人の静けさが心地良いけど、コミュニティに属していることで安心できる人もいる。

 

だからどんな時も自分の心地良い塩梅で、村と関わってもらいたい、と心の底から思っています。

 

 

これは、きらくる村を始めて2年で色濃く見えてきたこと。

 

村のテーマでもある『HAPPYを自給自足』するためには、自分の傷を癒して自分を肯定することからだなぁということを感じています。

 

何を生み出すにも、幸せになるにも、まずは自分を信じ、自分を認めることからしか始まらないから。

 

だから、自分の心と体の状態をしっかり感じながら、自分の心地良いペースを守り、自分の心が求めることを自ら肯定して過ごす。

 

 

2024年度は運営者自身もさらにそこに目を向けていきながら、みんながそうであれるように、場を創っていきたいなぁと思った、きらくる村の冬休み。でした。